横浜 絵画教室 / セザンヌ再考
セザンヌの意義について
近代絵画の革新はセザンヌの絵画より始まりました。改革をした本人にどれほどの自覚があったか知りませんが彼以降の画家は皆セザンヌの革新性を意識しました。セザンヌ本人は「プッサンに帰れ」とか「自然を円錐と円柱と球に解釈せよ」とか絵画の伝統的正当性を主張していますが、同時代の革新を模索していた画家たちの間でパラダイムシフトが起こったことは間違いありません。セザンヌの残した絵画が絵画の概念を造形や構成への関心へと広げました。実はセザンヌの絵はクラシック絵画が発展するのに切り捨てていった造形の集積でした。
セザンヌにとっての絵画
セザンヌ以前の絵は常に何かいついての絵でした。セザンヌが描いたのは「絵画」についての絵でした。彼はリンゴや花瓶を視覚的に正確に描こうとしたのではなく、キャンバスが「絵画」に見えるように物体を象徴的に描いたのでした。象徴的画像とは、誰もが認識している対象の特徴を明示して皆の認識に基づいた形を印として用いるものです。丸に赤がりんごで丸にオレンジがオレンジです。印象派的な色彩のゆらぎや微妙な陰影はありません。セザンヌは視覚的なデッサンの描写を象徴的な画像に替えました。それは丁度ゴシック美術における聖人たちの配列のようです。画面に様々のオブジェが描かれ、それらの全体の配置として絵画のフォルムが造られる。キャンバスの画面を明快な象徴的オブジェがひしめき、積み上げられて密度が増し、画面中に強いフォルムが造られるのがセザンヌにとっての「絵画」です。
ルネッサンス以前の造形
セザンヌにはルネッサンスより続く線遠近法の感覚がありません。絵画をすべて単位の大小で見ています。小さいものが遠く、大きいものが近くといったグラフィックデザインでフォントのサイズを決めるようにモチーフの単位を決め前後感を作り出します。ルネッサンスの線遠近法が確立する以前の遠近感です。アカデミックなデッサンの基準からすればセザンヌの絵は下手な絵です。しかしその下手な絵を使ってプッサンのような堂々とした絵画空間を作ろうとします。ピサロはある手紙においてセザンヌについて書いています。「実に見事だ。静物画と大変美しい風景画、何とも奇妙な水浴者たちがとても落ち着いて描かれている。」、「蒐集家たちは仰天している。彼らは何も分かっていないが、セザンヌは、驚くべき微妙さ、真実、古典主義を持った第一級の画家だ。」と。いろいろな絵から拾ってきた人物のポーズを組み合わせて、下手なデッサンの絵に置き換え大画面を完成させます。
セザンヌの言葉
セザンヌに傾倒した若い画家の一人、エミール・ベルナールはエクスのセザンヌのもとに1ヶ月滞在し、後に回想録でセザンヌの言葉を記しています。「ここであなたにお話したことをもう一度繰り返させてください。つまり自然を円筒、球、円錐に扱い、全体を遠近法の中に入れ、物や平面の各区側面が一つの中心に向かって集中するようにすることです。水平線に平行な線は広がり、すなわち自然の一断面をあたえます。もしお望みならば、全知全能にして永遠の父なる神が私達の眼前んい繰り広げる光景の一断面と言ってもいいでしょう。この水平線に対して垂直な線は深さを与えます。ところで私達人間に取って、自然は平面においてよりも深さにおいてそんざいします。そのために、赤と黄で表される光の振動の中に、空気を感じさせるのに十分な青系統の色彩を入れなければなりません」と自身容易に実現していないセザンヌの言葉ですがセザンヌ自身は大家が語るべき言葉と思ったのでしょう。
隠されたゴシック
ピサロが古典主義と何故いったのか解りませんが、比較するのはプッサンよりよりもジェンティーレ・ダ・ファブリアーノとかヒューゴ・ファン・デル・グースらのゴシック絵画の豊穣さと比較したほうが良いかもしれません。セザンヌの絵で何がなされて、何が足りないのか。近代化、革新といった思いでセザンヌの作品を見るのではなく、ゴシック趣味伝統のリバイバルと見ても良いかもしれません。ゴシック美術では視覚の自然科学的な探求よりも象徴的画像に依る表示機能が中心でした。各聖人が記号として画面に配置されなければなりません。ぼんやりした聖人とか後ろ向きの聖人は必要ないのです。
気づき
ゴシック美術のデッサンでは各聖人を明瞭にするために輪郭部分を強く、ときには黒く、画面から浮き上がるように描きました。皆正面から光を受けているので影に入ることはありません。影は輪郭に沿って暗く描かれ、光源を示すことはありません。レンブラントが『夜警』で非難されたような行き過ぎた絵画姓の誤りを犯すこともありません。これらの特徴はそのままセザンヌの絵の強さの表現要素となっています。セザンヌの造形を鑑賞できるなら、同時にゴシック絵画の素晴らしさも見通せたはずです。
歴史の流れ
しかし、歴史は異なる方向に進みました。20世紀初頭の美術専門家たち、アメリカから新時代の美術を求めてやてきたコレクターや、革新的理論や実践を求めた若き芸術家たちはゴシック美術の工芸的、職人的姿勢を敬遠し、セザンヌのグラフィック的な構成感覚を格別に評価したのです。彼らは新しさを求めていたので、セザンヌとゴシックの関係を指摘することはありませんでした。ルネッサンスから始まる科学的なアカデミズムの不自由さに反旗を翻し、新時代を見出そうとやってきた人たちです。ヨーロッパの旧時代を代表するゴシックの教会堂に収められた多数のゴシック絵画鑑賞はキリスト教の教義に順応しなければならず、様々の旧来の因習がつくまといます。そのことでゴシックの主題にかかわることなく多方面に応用が効くデザイン的造形力としてセザンヌを位置づけることで美術の歴史を刷新する原動力としました。セザンヌの絵画は宗教画から抜け出せないゴシック美術の造形手法を静物や人物や風景といった普通の絵画に適用できるものとしたことで、絵画における線遠近法や解剖学、ギリシャ古典美術などのルネッサンス以来の呪いから抜け出す契機となりました。キャンバスを自由な造形の場へと広げ解放しました。フォーヴィズムやキュビズムといった造形理念への道筋をつけたのです。
グラフィック感覚
ゴシック絵画の造形の原理は素朴のものからレリーフ的なものまで画面の奥行きの浅い2次元的な構成の強調です。三角形や対角線を効果的に使った構成や円形にまとめるデザインといったものです。グラフィックデザインの発祥地とも言えるロシアでもイコンに依るグラフィックデザインの伝統が生きている地域でした。ゴシック美術は線遠近法に支配されたルネッサンス以降の絵画よりも豊かな装飾性を有しています。グラフィックデザインの豊かさもその一つです。エクス=アン=プロヴァンスで生まれ育ったセザンヌもゴシック伝統の色濃く残った世界でグラフィック感覚を養ったのでしょう。一時期セザンヌのスタイルを取り入れたピカソはセザンヌの作風がゴシック回帰であるのに気づいていたようで、それ以後クラシック以前の造形を探索し、熱心に絵画に取り込んでいます。ルネッサンスから続くクラシック伝統の判断からすれば下手な絵です。しかし下手な絵のほうが直接感情に訴えるインパクトが強く、グラフィックを豊かなのです。
下手の巧妙
下手な絵の面白さを発見したのはマティスだったかもしれません。ピカソが1906年にマティスのアトリエを訪ねた時、ピカソの目に止まったのはセザンヌの乱暴に描かれた水浴図の裸婦でした。それを契機にピカソの絵の方向性が変わります。セザンヌ、アフリカ彫刻、アンリ・ルソーなど絵画の本流からは排除されていた図像の存在感に気づきます。観衆は下手な絵画の前で何が描かれているのか想像し、探索します。観衆は鑑賞に一瞬でも能動的になるのです。観衆は記憶にある対象の概念を探り、アレでもないコレでもない、アレを描こうとしたに違いない、こう描いて
観衆を欺いてみせたつもりなのかもしれないと観衆に揺さぶりをかけ、鑑賞に観衆の参加を求めるのです。丁寧に筆蹟を消し、汚れや傷を無くし、画面の端から端まで破綻の無い具体的なデッサン、工芸品のような緻密で丁寧な仕上げなどを絵画の品格としていた当時の観衆に新しい絵画鑑賞のあり方を示しました。鑑賞に興味を持っていたとすれば、下手な絵には観衆に何が描かれてあるのか探しんぼをする遊戯性を加味して積極的な参加を促す効果があることにマテシスらは気づきました。下手な描写で惹きつけて、造形の面白さを見せる新たな絵画の方向をピカソたちは発見しました。下手な絵が其の儘で鑑賞に耐えるのではありません。絵の下手さは観衆から積極性を引き出す手段です。絵の語りはそこから始まります。
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